村田がおれの知り合いだった人を連れてくると言った次の日。
村田と一緒に1人の青年がやってきた。
ダークブラウンの髪に右眉に切り傷の痕、優しそうな顔をしているのにどこか悲しそうだった。
そして…………彼を見た瞬間、なぜか胸がズキリと痛んだ。
#8 失われた記憶
自己紹介によると、彼の名前はウェラー・コンラート。
眞魔国という国から来てくれたらしい。
とりあえず、おれは沈黙を破りたくてコンラッドに話しかける。
「そういえば、コンラッドのその癖って昔からなの?」
「えぇ、いつも陛下のお側にいましたから……つい癖で」
「あっ!! 陛下って呼…………ぇ?」
彼がそう言って苦笑いした瞬間、おれの頭の中で何かが見えたような気がした。
今みたいにベッドに座っている黒っぽい誰かとコンラッドが笑っている姿……。
そして、それと同時に思わず口から出てきた言葉に自分で驚いた。
「……渋谷?」
「ぇ、あぁ……村田。 戻ってたのなら言えよ~」
声のする方を見ると、ドアの近くで村田がジュースを持ったまま立っていた。
村田はごめんごめんと笑いながら手に持っていたコーヒーの缶をコンラッドに、
スポーツ飲料の缶をおれに渡して、自分のオレンジの缶を開けた。
「それにしてもコンラッドって凄いな! 陛下って言ったらやっぱお偉いさんだろ?
陛下の側に付く人だからやっぱ護衛とかしてるの?」
「陛下っていうのはユー「あっ!そう言えば昨日の野球中継見たかい、渋谷?」
コンラッドに話しかけたのに村田が台詞を遮って喋ってきた。
なんでそんなに慌てる必要があるんだか……まぁ、村田らしいけどな。
それと同時に村田が言った言葉が頭の中に入ってくる。
昨日の野球中継、野球中継………野球。
「見た見た! 昨日の試合は良かったよな~。 あの最期の逆転ホームラン!!
思わず叫んじゃってさ~、看護婦さんに滅茶苦茶怒られたし……」
「ぁの…「やっぱりかぁ。 記憶を無くしても野球好きなことは覚えてたなんて
さっすが野球バカだね、渋谷は」
「あっ、野球をバカにすんなよーっ!? あのピッチャーとバッターの駆け引き!
ピッチャーが投げるときのフォーム、打ったときのあの音、盗塁成功とか
ミットにボールが入った音、まわりの声援、ライオンズの段幕とか……」
「……はいはい、野球が好きでライオンズが好きなのも分かったからさ。
少し落ち着きなよ、渋谷。 また看護婦さんに怒られるよー?」
思わず握り拳で声を大きくして喋っていたおれに村田が注意してくる。
っていうか、最初に野球の話をしたのは村田なんだけどな?
こうなるの分かってるなら話題に野球を出すなよ……。
それから落ち着きを取り戻したおれはコンラッドを見て慌てた。
思わず野球の話に飛びついちゃったけど、コンラッドと話をしてたんだった。
「ごめんっ、コンラッド! さっき村田が途中で遮っちゃって。
もう1回、話してくれるかな?」
「あ、いえ。 別にたいしたことじゃなかったんでいいですよ。
それより……その、看護婦さんが……」
「看護婦さんが? ……っ!!」
コンラッドが何か気まずそうにしていると思ったら、
ドアの入り口で看護婦さんが数人、こっちをじ~っと見ていた。
やっぱさっきの声がうるさかったみたいだ。
「…………すみません……」
ペコリと頭を下げて謝ると、気を付けてくださいね?と言って部屋を出ていった。
いつもなら怒って部屋に入ってくるのに変だなぁ~とか思ったけど、
ドアの近くに立っていたコンラッドを見て納得した。
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